旧正月を前に思う 責任の果たし方
今は旧正月前日、そう中国の大晦日の静かな朝。やりこぼした仕事をしながら、激動の1年を振り返って。
この1ヶ月くらい、正直、会社のことで本当に頭が痛い出来事が多かった。中国ってのは一筋縄ではいかないなと痛感している。人とかお金の問題。
人を信頼して、活躍してもらうっていうのはとても難しい。誰に任せるのか、どこまで任せるのか、どこまで介入するのか。
時間やお金のロスもあったけれど、それでも、多くのことを学んだと思っている。
責任の果たすためには、経営に遠慮は不要だ、ということ。
最後には自分で責任を取るのだから、自分の納得感があるやり方を貫けばよい。
自分が選んだ人が失敗したら自分のせい。だから、彼らが成功するためにの彼らへの手助け/介入はどこまでやったっていい。遠慮なんか不要なのである。
とにかく、責任から逃げたら負け。現場の仕事・中国での仕事の仕方は、会社のスタッフの方が僕より100倍もよく知っている。現場を知っているからこその逃げ口上も多い。「現場はそんなもんか・中国ではそんなもんか、なら仕方ないなぁ」と認めてきた事のほとんどが、実はただの言い訳であったりする。よく有る話だけれど、やっと腹に落ちてきた。
現場で頑張るスタッフは本当にありがたい。頑張っている。だからそれを尊重してやってきたつもり。でも、現場のやり方だけじゃそれなりのことしか前に進まないのも事実。
だから、現場スタッフと徹底的に議論をする。現場の難しさを受け入れながら、自分のやりたいことを伝え、徹底的に実行案を考えてもらう。現場の意見に流されない。現場の意見に流される=自分の責任放棄だ。
いい意味で、現場と戦うことができるようになってきた。
とにかく、もう僕は遠慮しませんから。現場分かってないくせにと言われようが、言いたいことを言いますよ。僕は。
こんな簡単なことに気付くのに、半年かかってしまった。お恥ずかしい話だ。
それでも、なんか、頭がすっきりする大晦日です。来年はいい年にしたい。頑張るスタッフと戦いながら、最後に一緒に祝杯を挙げれればよい。
新年快楽!
PS 30日に日本に戻ります。
PS こんな日は どこまでも柔らかく優しいノラ・ジョーンズの歌声に限りますな